令和6年度 介護人材確保・職場環境改善等事業の実施について
令和7年2月7日、都道府県知事宛てに厚生労働省老健局長から「令和6年度介護人材確保・職場環境改善等事業の実施について」という通知が発出されました。この事業は、深刻化する介護人材不足に対応し、職場環境の改善を促進することを目的としています。
しかし、補助金があるからといって手放しに喜べるわけではありません。補助の対象や条件には細かい制約があり、「活用の仕方を間違えると、想定していた支援が受けられない」という可能性もあります。特に、申請期限や実績報告の要件を満たさないと、最悪の場合、補助金の返還を求められるケースも考えられます。
介護業界の経営者や管理者にとって、この事業がどのように活用できるのか、そしてどのような点に注意すべきなのかを解説していきます。
【参考サイト】厚生労働省 介護保険最新情報掲載ページ
【参考資料】介護保険最新情報Vol.1352(介護人材確保・職場環境改善等事業の実施について)
(令和7年2月7日厚生労働省老健局長通知)
【参考資料】介護保険最新情報vol.1357(「介護人材確保・職場環境等改善事業に関するQ&A(第1版)」の送付について)(令和7年2月18日厚生労働省老健局老人保健課事務連絡)
事業の目的
介護人材不足と職場環境の改善を目指す
介護業界は慢性的な人材不足に直面しています。厚生労働省の発表によれば、2040年には約69万人の介護職員が不足すると予測されています。そのため、単に新たな人材を確保するだけでなく、既存の介護職員が安心して働ける環境を整備し、離職を防ぐことが不可欠です。
本事業の目的は、まさにそこにあります。
- 介護人材の確保・定着
- 職場環境の改善
- 生産性向上・業務効率化の推進
これらを支援するための補助金制度となっており、単なる一時的な賃上げではなく、職場の持続可能な改善を促すことが求められています。
2. 実施主体
都道府県が中心となって実施
本事業の実施主体は都道府県であり、各自治体が具体的な運営を担当します。これは、地域ごとの介護業界の状況に応じた適切な支援を行うための仕組みです。
都道府県は、介護事業所に対し補助金の申請方法や活用の手続きを周知し、円滑な支給を促します。また、実績報告の提出期限を定め、補助金の適正な運用を管理する役割も担っています。
介護事業所の経営者や管理者は、都道府県の最新情報を随時確認し、適切なタイミングで申請を行う必要があります。申請手続きの不備や報告の遅れがあった場合、補助金を受給できなくなる可能性があるため、慎重な対応が求められます。
なお、2月21日現在、東京都においてはまだ提出様式が公表されていないようです。各事業所におかれては、最新情報を随時確認し、適切な準備を進めることが重要です。
※厚生労働省「介護保険最新情報掲載ページ」では「様式の可変媒体は別途、「介護職員の処遇改善」のページに掲載予定。」とのこと(2025.2.21現在)
3. 事業の内容
本事業は、介護職員等処遇改善加算を取得し、生産性向上に向けた取組を行っている事業所に対し、職場環境の改善または人件費の改善に必要な費用を補助するものです。
職場環境の改善
介護職員の負担軽減や働きやすい職場環境を整えることを目的として、補助金を活用することができます。具体的な取組として、以下が示されています。
- 業務内容の明確化と職員間の適切な役割分担の取組
- 業務改善活動の体制構築(委員会やプロジェクトチームの設置、外部研修の活用)
- 介護職員の身体負担軽減のための研修
- 事故・トラブル対応マニュアルの作成
- 業務手順書の作成、記録・報告様式の工夫による業務効率化
- 職場環境の整理整頓(5S活動)
- 職場の休憩スペースの充実
人件費の改善
介護職員の処遇改善を目的として、以下のような人件費の改善が補助対象となります。
- 基本給の引き上げ
- 手当、賞与などの支給(退職手当を除く)
- 賃金表の改定により一律の賃上げを行うこと(ベースアップ)
- 介護職員のキャリアアップに応じた賃金体系の整備
- 資格取得支援、研修費用の補助
- 介護職員の増員に向けた採用活動費の補助
ただし、補助金を活用した場合、前年同時期と比較して賃金水準を低下させてはならないという要件があるため、適正な賃金改善計画が求められます。
また、介護事業者は、人件費の改善を行う際に職員に周知する義務があり、職員からの問い合わせには、書面等を用いてわかりやすく回答することが求められています。
支援の形式
本事業では、補助金の交付によりこれらの取り組みを支援します。ただし、補助金の用途には制限があり、原則として一時的な人件費や設備導入などの直接的な支援に充てることが求められます。
また、ベースアップを目的とした恒久的な賃上げには使用できないため、事業所側は持続的な賃金改善のための別の施策を考慮する必要があります。
本事業を適切に活用することで、介護従事者の働きやすい環境を整備し、業界全体の人材確保と定着を促進することが期待されます。
4. 対象事業所及び対象者
対象事業所
本補助金の対象となるのは、以下の条件を満たす介護サービス事業所等です。
- 介護職員等処遇改善加算(Ⅰ、Ⅱ、Ⅲ、Ⅳのいずれか)を取得していること
- 基準月(令和6年12月)時点で加算を算定している事業所
- ただし、令和7年4月1日までに加算取得の体制届出を行えば対象になる
- 令和7年度の補助金申請時点で、廃止・休止が決まっていないこと
- 補助金の支給要件を満たしていること
対象外の事業所
- 介護職員が配置されていない事業所(訪問看護、訪問リハビリテーション、居宅療養管理指導など)
- 福祉用具貸与や特定福祉用具販売の事業所
- 居宅介護支援および介護予防支援の事業所
基準月について
- 基本は令和6年12月が基準となる
- ただし、12月のサービス提供量が例年と大きく異なる場合、事業所の判断で令和7年1月~3月のいずれかを対象月とすることが可能
このように、補助金の対象となるためには、処遇改善加算の取得や継続的な運営が前提となります。加算を取得していない事業所は、早急に準備を進める必要があります。
対象者
補助金の対象となる職員は、補助金を申請する介護サービス事業所等で働く介護職員です。
- 原則として介護職員が対象
- 直接介護に従事する職員(例:介護士、介護福祉士)
- 事業所によっては、介護職員以外の職員も対象とできる
- 生活相談員、看護職員、機能訓練指導員など
- ただし、具体的な範囲は都道府県の判断による
重要なポイント
- 補助金を活用して賃金改善を行う場合、その対象となるのは補助対象事業所に勤務する職員
- 介護職員以外の職員を改善の対象に加えることも可能だが、その場合は都道府県の指示に従う必要がある
このように、本補助金は基本的に介護職員の処遇改善を目的としたものですが、事業所の判断により、一部の他職種にも適用できる可能性があります。
5. 補助額
本補助金の支給額は、事業所の介護報酬総額に応じて算出されます。
補助額の算出方法
交付対象月の介護サービス事業所等に対する補助額は、以下の計算式によって決まります。
補助額 = 交付対象月の介護総報酬 × サービス類型別交付率
補足事項
- 交付対象月の介護総報酬:
交付対象月(1か月分)の介護報酬総単位数(基本報酬+各種加算減算)に1単位の単価を乗じたもの - サービス類型別交付率(以下表参照)
標準的な職員配置の事業所で、常勤の介護職員一人当たり5万4千円相当の補助を実施するために必要な割合として設定
サービス類型別交付率の例
補助率は、提供する介護サービスの種類によって異なります。
サービス区分 | 交付率 |
---|---|
訪問介護 | 10.5% |
夜間対応型訪問介護 | 10.5% |
定期巡回・随時対応型訪問介護看護 | 10.5% |
(介護予防)訪問入浴介護 | 6.3% |
通所介護 | 6.4% |
地域密着型通所介護 | 6.4% |
(介護予防)通所リハビリテーション | 5.5% |
(介護予防)特定施設入居者生活介護 | 7.4% |
地域密着型特定施設入居者生活介護 | 7.4% |
(介護予防)認知症対応型通所介護 | 13.2% |
(介護予防)小規模多機能型居宅介護 | 8.4% |
看護小規模多機能型居宅介護 | 8.4% |
(介護予防)認知症対応型共同生活介護 | 11.3% |
交付のルール
- 交付対象月:令和6年12月が基本。
ただし、事業所の判断で令和7年1月~3月のいずれか1か月を選択可能(複数月の補助は不可)。 - 計算基準月:選択した交付対象月の介護報酬総額を基準に算出。
- 端数処理:1円未満は切り捨て。
注意点
- 補助金は 1カ月分の賃金改善や職場環境改善 に対するものであり、恒久的な賃上げには使用できません。
- 交付額の詳細は、都道府県が公表する補助金申請要項に基づき決定されます。
- 支給額には上限が設けられる可能性があるため、申請前に最新の情報を確認することが重要です。
- 申請の遅れや不備があると、補助金を受給できない可能性があるため、慎重に準備を行う必要があります。
- 都道府県によって補助金の計算方法や支給ルールが異なる場合があるため、詳細な条件を確認することが重要です。
- 申請時には、補助金を適切に活用する計画を明示することが求められます。
6. 補助金の要件
補助金を受けるためには、事業所が一定の条件を満たしている必要があります。今回の補助金の要件は、処遇改善加算の「職場環境等要件」と密接に関連しており、補助金を申請することで、令和7年度中の職場環境等要件の適用が猶予されるという特例措置が設けられています。
つまり、補助金の要件を満たすことで、令和7年度中に処遇改善加算の「職場環境等要件」を満たしていない事業所も一時的に適用が猶予されるという仕組みになっています。ただし、これは「職場環境等要件を実施しなくてもよい」という意味ではなく、令和7年度中に適切な整備を進める必要があることに注意が必要です。
補助金を受けるための基本要件
補助金の対象となる事業所は、職場環境改善等に向けた取り組みを計画または実施していることが求められます。事例の抜粋になりますが、以下のいずれかの取り組みを行う必要があります。
現場の課題の見える化⑱
- 介護職員等の業務の洗い出しや棚卸し
- 業務時間の調査、課題の抽出・整理
業務改善活動の体制構築⑰
- 業務改善委員会やプロジェクトチームの設置
- 外部研修を活用した業務改善の推進
業務内容の明確化と職員間の適切な役割分担㉓
- 介護職員の業務範囲を整理し、効率的な分担を図る
- 介護助手の活用や業務の一部外部委託など、職員負担の軽減
職場環境の改善⑮、⑭、⑯
- 職員の健康管理(腰痛対策、ストレスチェックの実施)
- 事故・トラブル対応マニュアルの作成
職場内コミュニケーションの改善㉕、㉗、㉘
- ミーティングの実施、職員間の意見交換の場を設ける
- 利用者やその家族との関係性向上策の実施
補助金の申請と処遇改善加算の関係
今回の補助金は、処遇改善加算を取得していることが前提となります。そのため、事業所が処遇改善加算の要件を満たしていることが求められますが、補助金を申請することで、令和7年度中の職場環境等要件の適用が猶予されるという特例が設けられています。
補助金申請による特例措置
- 補助金を申請することで、職場環境等要件の適用が令和7年度中は猶予される。
- ただし、職場環境等要件を免除されるわけではなく、令和7年度中に整備を進める必要がある。
- 処遇改善加算を引き続き取得するためには、翌年度以降も職場環境等要件を満たす必要がある。
この特例措置は、事業所にとって一時的な負担軽減策となりますが、長期的には職場環境等要件を満たす体制を整えることが求められます。
7. 補助対象経費
本補助金は、介護職員の職場環境の改善や処遇改善に必要な費用に充てることができます。
対象となる経費は、大きく「職場環境の改善に関する経費」と「人件費の改善に関する経費」の2つに分けられます。
職場環境の改善に関する経費
この補助金の一部は、介護職員の働きやすい環境を整えるための施策に使用することができます。
具体的には、以下のような費用が対象になるのではないでしょうか。
✅ 介護助手等の採用や配置に関する費用
- 介護助手を新たに採用するための求人広告費や採用活動費
✅ 介護職員の研修費用
- 介護技術向上やスキルアップのための外部研修参加費
- 研修受講に伴う交通費や講師謝礼
✅ 職場環境の改善につながる施策の実施費用
- 職員相談窓口の設置・相談体制の充実
- 業務や福利厚生、メンタルヘルスに関する相談窓口の整備
- ミーティング等による職場内コミュニケーションの円滑化
- 職員間の意見交換や連携を促進するためのミーティング運営費
- 腰痛予防対策
- 介護職員の身体的負担を軽減するための介護技術研修や腰痛対策プログラム
- メンタルヘルス支援
- 短時間勤務者も受診可能な健康診断やストレスチェックの実施
注意点
- 介護ロボットやICTシステムの購入など、設備投資には補助金を使えません。
- 都道府県の審査で補助対象となる施策が決まるため、申請前に確認が必要です。
人件費の改善に関する経費
もう一つの重要な目的は、介護職員の処遇改善です。
具体的には、以下のような費用が補助対象となります。
✅ 介護職員の賃金改善
- 一時金や手当の支給
- ボーナスや賞与への充当(ただし退職手当は対象外)
✅ その他の職員の賃金改善
- 介護職員以外にも、介護サービスの提供に関わる職員の賃金改善に使える場合あり
- 例えば、事務員、生活相談員や機能訓練指導員も補助対象となる可能性あり
注意点
補助金を使って賃金を上げた場合、その分を他の給与から差し引くことは禁止されています。
→ つまり、補助金を受けたことで、給与全体の水準を引き下げることは認められません。
8. 都道府県知事への届出
介護人材確保・職場環境改善等事業の補助金を受けるには、事前に都道府県知事への届出が必要です。
この届出は、補助金の適正な運用を確保するためのものであり、事業者は計画書の作成・提出、実績報告、必要な証明書類の保管など、いくつかの注意点があります。
届出内容を証明する資料の保管及び提示
事業者は、届出の際に提出する計画書や報告書の記載内容を証明するため、以下の書類を2年間保管し、都道府県知事から求められた場合には速やかに提示しなければなりません。
✅ 保管が必要な資料の例
- 就業規則(賃金規程、退職手当規程、臨時手当規程など)
- 労働保険に加入していることを証明する書類(労働保険関係成立届、労働保険概算・確定保険料申告書など)
- 記載内容の根拠となる資料(補助金の使用内容がわかる領収書、研修資料、研修実施報告書や研修参加者のリスト、委員会議事録等)
注意点
- 都道府県知事が補助金の適正使用を確認するため、証明書類の提出を求める場合があるため、厳格な管理が必要です。
- 不適切な補助金の使用が発覚した場合、補助金の返還を求められる可能性があります。
当然ながら、適切な届出を行わずに補助金を受給すると、不適正な受給と見なされる可能性があるため、変更があった場合は速やかに対応することが求められます。
まとめ:補助金を活用し、今こそ職場環境の整備を
介護業界では慢性的な人材不足が続く中、介護人材確保・職場環境改善等補助金は、職場環境の改善や処遇向上を図るための重要な支援策です。しかし、この補助金は申請さえすれば簡単に受け取れるものではなく、要件の確認や適正な管理が求められます。
さらに、補助金を活用することで令和7年度中の処遇改善加算の「職場環境等要件」の適用が猶予されるという特例措置も設けられていますが、これは一時的なものに過ぎません。本質的な問題解決には、職場環境の整備や業務改善の取り組みが欠かせないのです。
「申請して終わり」ではない— 補助金の活用は長期的な視点がカギ
補助金を活用しても、適正な運用を行わなければ返還を求められるリスクもあります。
また、処遇改善加算の取得を続けるためには、補助金だけに頼らず、介護職員が安心して働き続けられる仕組みを構築することが重要です。
とはいえ、
✅ 補助金を活用して賃上げをしたいが、今後の資金計画が不安
✅ 職場環境を改善したいが、どこから手をつけるべきかわからない
✅ 介護職員の定着率を向上させる方法を模索している
といった悩みを抱えている事業者の方も多いのではないでしょうか?
職場環境の改善や介護職員の処遇向上に向けた対応は、補助金だけでは解決できません。
当事務所では、労務管理や職員の定着に関するご相談をお受けしています。
「人材が定着しない」「処遇改善を進めても離職が止まらない」といった課題に直面している方は、ぜひご相談ください。
【参考サイト】厚生労働省 介護保険最新情報掲載ページ
【参考資料】介護保険最新情報Vol.1352(介護人材確保・職場環境改善等事業の実施について)
(令和7年2月7日厚生労働省老健局長通知)
【参考資料】介護保険最新情報vol.1357(「介護人材確保・職場環境等改善事業に関するQ&A(第1版)」の送付について)(令和7年2月18日厚生労働省老健局老人保健課事務連絡)