心の扉を開く組織改革|風通しの良い職場を目指して

人は組織において、その居心地の良さで力を最大限に発揮します。しかしながら、居心地の悪い職場環境では、個々の才能が埋もれ、疲弊してしまうことがよくあります。私がこのコラムで目指すのは、組織内のすべての人が「自分の意見が認められ、チームに貢献している」と感じられる職場を作るための具体的な方法をお伝えすることです。

では、どうすれば風通しの良い職場を作れるのか。今回は、私が以前経験した、ある総合病院で行った風土改善コンサルティングの事例を通じて、「心理的安全性の確保」「リーダーシップの強化」「透明性の向上」「部門間交流の促進」「成功体験の共有」という5つの柱を中心に解説します。この病院では、職員間の不信感やコミュニケーション不足が深刻化していましたが、粘り強い取り組みによってその文化を変えることができました。

障壁を超える:風土改善は時間がかかる

まず、最初にお伝えしたいのは「風土改善は一朝一夕にはいかない」という現実です。今回ご紹介するA病院では、私が担当した当初、初期の段階で多くの障壁に直面していました。ある看護師はこう言いました。

「どうせ意見を言ったって、変わらないんですから。」

これは単なる愚痴ではなく、過去に意見を否定された経験が彼女の心を閉ざしてしまった結果でした。同様に、医師や事務職員からも「改善なんて無理だ」という冷ややかな声が上がっていました。このような“諦めの感情”を解きほぐすには、根気強い働きかけと成功体験の積み重ねが必要です。

1. 心理的安全性の確保:恐れを手放す文化づくり

最初の取り組みは、心理的安全性の確保でした。この病院では、上下関係が厳しく、特に看護師や事務職員が自由に意見を言えない環境が問題となっていました。ある看護師長が「スタッフが何を考えているのか分からない」と嘆いていたのも無理はありません。職員が「間違えたら叱られる」と恐れを抱いていたからです。

私たちが行ったのは、「意見を否定しない」文化の浸透です。すべての職員が参加するワークショップを開催し、相手の意見を否定せず受け入れる方法を学んでもらいました。たとえば、次のような言葉を練習しました。

  • 「それは面白い視点ですね。」
  • 「もっと詳しく聞かせてもらえますか?」
  • 「そのアイデア、実現するにはどうすればいいでしょう?」

一方、管理職には「感謝の言葉を意識的に伝える」ことを求めました。研修後、ある医師が「自分には関係ないと思っていたけれど、部下のアイデアがチームを変えるかもしれないと感じた」と話してくれたのが印象的でした。

2. リーダーシップの強化:導く力が風通しを生む

リーダーシップの強化は、組織改革における柱です。A病院では、忙しさから部下との対話を疎かにしている管理職が目立ちました。たとえば、ある診療科の医師長はこう言いました。

「私が黙っていても部下が動いてくれればそれでいい。」

このような姿勢では、風通しの良い職場は生まれません。そこで導入したのが、「1on1ミーティング」でした。リーダーが部下と1対1で対話し、悩みやアイデアを聞き取る場を定期的に設ける取り組みです。

導入初期は、部下の多くがミーティングを負担に感じ、形式的な受け答えに終始していました。しかし、リーダーが粘り強く対話を重ねることで、徐々に職員の心が開いていきました。ある看護師は、夜勤シフトの改善案を提案し、これが採用されたことで「自分の意見が大事にされている」と実感。職員全体の士気が上がりました。

3. 透明性の向上:情報の壁を取り払う

情報の透明性を高めることは、組織の信頼感を構築するうえで重要です。A病院では、経営層が意思決定のプロセスを十分に共有しておらず、特に事務職員や若手看護師から「経営側が何を考えているのか分からない」という声が上がっていました。

経営会議の内容を職員に伝えるために、最初に取り組んだのは「院内通信」の発行でした。しかし、文章だけでは職員の理解が深まらず、「一方的に押し付けられている」と受け取られることもありました。そこで次に導入したのが、タウンホールミーティングです。

タウンホールミーティングでは、院長や事務局長が現場に赴き、職員から直接意見を聞く機会を設けました。初回のミーティングでは、事務職員が「なぜ看護師の人数を増やすのにこれほど時間がかかるのか」と率直な質問を投げかけました。これに対し、院長が予算や採用市場の状況を具体的に説明し、「皆さんの負担を軽減するために最善を尽くしています」と真摯に答えたことで、場の空気が一変しました。

※タウンホールミーティングとは、経営者や管理者が職員と直接対話をする場を設ける手法です。組織のビジョンを共有したり、現場の意見を吸い上げることを目的とし、階層を超えたコミュニケーションを促します。

このような直接の対話を通じて、経営層の考えが現場に伝わり、職員の納得感が増しました。また、経営層も現場の声を直に聞くことで、より実効性のある施策を打ち出せるようになりました。

4. 部門間交流の促進:職種の壁を超える

医療現場では、診療科や職種ごとに明確な分業体制があるため、部門間の交流が不足しがちです。A病院でも、診療科ごとの競争意識や、医師と事務職員の間に生じる認識のズレが問題視されていました。

そこで行ったのが、部門横断プロジェクトの立ち上げです。たとえば「業務効率化」をテーマに、看護師、医療事務、技師の代表者が集まり、現場の課題を共有する場を設けました。

最初の会議では、医療事務担当者が「カルテの記録に時間がかかりすぎている」と提案した際、医師から「それは現場を分かっていない」と否定的な意見が出ました。一時は議論が膠着状態になりましたが、司会役が「それぞれの立場から見た課題を共有しましょう」と促し、話し合いの方向を修正。結果的に、記録の一部をデジタル化するアイデアが採用され、作業時間が削減されました。

この成功事例が広がることで、他の部門でも「協力すれば実現できる」という意識が芽生え、部門間交流が活発になりました。

5. 成功体験の共有:組織全体をポジティブに変える

成功体験を共有することは、組織全体にポジティブなエネルギーをもたらします。A病院では、月次会議の中に「成功事例発表」の時間を設けました。ここでは、各部門のスタッフが、自分たちの取り組みがどのように改善につながったかを共有します。

ある月の会議では、新人看護師が提案した「患者さんの声を記録して次回のケアに活かす」取り組みが紹介されました。この小さな工夫が患者満足度の向上につながり、看護師全体に広がりました。発表を聞いた他の職員からも「自分たちも挑戦してみたい」という声が上がり、職場全体が前向きな空気に包まれました。

さらに、職員同士が感謝の気持ちを伝え合う「ありがとうカード」の制度を導入し、小さな成果や日々の協力に対する感謝を表す文化が根付いていきました。

風土改善に立ちはだかる壁:それでも諦めない

風土改善の取り組みを進める中で、A病院では何度も障壁に直面しました。その一つが、「変化に対する抵抗」でした。特に、長年働いているベテラン職員の中には、「これまでこのやり方でやってきたのだから、変える必要はない」という声が少なくありませんでした。

たとえば、ある医師が新人看護師の提案に対し、「そんなのは理想論だ。現場を知らない意見だ」と一蹴してしまったことがありました。この出来事は、新人看護師に大きなショックを与え、彼女は「自分がここで意見を言うのは無意味なのかもしれない」と悩むようになりました。

そこで、私たちは「成功体験を小さく始める」という方法を提案しました。大きな変革を求めるのではなく、現場で実現可能な範囲で、まずは小さな改善を行うことです。たとえば、この新人看護師には、自分の提案を少人数のチームで試験的に導入し、その結果を共有する機会を与えました。その結果、患者ケアの効率が改善しただけでなく、同僚からも「素晴らしいアイデアだ」と評価されるようになりました。

この「小さな成功」を積み重ねることで、職員全体が「変化は可能だ」「意見を出しても良い」と感じ始めるようになりました。

継続が鍵:組織改革は終わらない旅路

ここで重要なのは、風土改善は一度や二度の取り組みで完了するものではない、という点です。組織の文化は、長年の習慣や慣例の積み重ねで形成されており、それを変えるには時間がかかります。A病院でも、半年ほどで目に見える成果が出始めたものの、完全に風通しの良い組織になったわけではありませんでした。

たとえば、部門間交流の取り組みが軌道に乗り始めた矢先、参加者の間で「忙しい時期にイベントなんてやっていられない」という声が再び上がりました。一部の職員が離れてしまうと、それが波及して取り組み全体が停滞してしまうリスクがあります。

これを防ぐため、A病院では以下のポイントを押さえました。

  1. 取り組みの価値を定期的に伝える院長や管理職が定期的に、「これらの改善活動がどのように組織全体を良くしているか」を振り返り、職員に共有しました。

  2. 柔軟に計画を見直す
    忙しい時期には、イベントを縮小する、オンライン形式に切り替えるなど、無理なく参加できる形に変更しました。

  3. リーダーシップの継続的育成
    新たに管理職となった職員にも、リーダーシップ研修を提供し、改善活動の意義を理解してもらいました。

病院全体が得た変化:実感される成果

風土改善の取り組みが進む中で、A病院では次第に職員の意識が変わり始めました。

  • 職員アンケートの結果:「職場の雰囲気が良くなった」と回答した職員が取り組み開始前の25%から半年後には65%に増加しました。
  • 離職率の低下:取り組み開始から1年で離職率が約20%低下しました。特に若手職員の定着率が向上しました。
  • 患者満足度の向上:患者アンケートでは、「スタッフ同士の連携が良く、安心感がある」との回答が増加しました。

ある看護師がこう語ったことが印象的でした。
「以前は、忙しい中で一人で抱え込むことが多かったけれど、今はチームとして支え合える感覚がある。患者さんのためにもっと良いケアを提供できると感じています。」

まとめ:組織の未来は、今この瞬間の決断で変えられる

職場の風通しを改善することは、単なる「雰囲気づくり」ではありません。心理的安全性を確保し、リーダーシップを強化し、情報の透明性を高め、部門間の壁を取り払い、成功体験を共有すること——これらはすべて、組織の生産性や従業員満足度、さらにはサービスの質に直結する「経営戦略」なのです。

A病院のように、一度は「変わらない」と諦めかけた組織でも、小さな一歩を積み重ねることで確実に変化を遂げることができます。最初の壁は厚いかもしれません。しかし、その壁を超えた先には、職員が主体的に意見を交わし、協力しながら成長する職場が待っています。

 

「風土を変えたい」と思ったときが、その第一歩を踏み出すべきタイミングです。

もし、「具体的に何から始めればいいのか分からない」「自社に合った改善策を知りたい」と感じたら、ぜひ当事務所にご相談ください。当事務所では、単なる理論ではなく、現場で実際に機能する組織改善の手法を提供しています。組織の未来は、今この瞬間の決断で変えられます。皆様の職場をより良くするための第一歩を、一緒に踏み出しませんか?

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