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介護休業は誰のためのもの? ~想定外の場面での活用と企業の対応~

今回のコラムでは、介護休業制度について、少し違った角度から考えてみたいと思います。
なお、本コラムで紹介する事例は、プライバシー保護の観点から、実際の相談内容を基に再構成し、登場人物や状況設定を変更しています。しかし、ここで取り上げる問題や課題は、現実の職場で起こり得るものであり、その本質は損なわれていません。
当事務所には日々様々な相談が寄せられますが、最近特に増えてきているのが介護休業に関する問い合わせです。その中でも、従来の「高齢者介護」のイメージとは異なる事例が増えてきていることに、私は注目しています。
今回は、そんな「想定外」の介護休業の事例を通じて、この制度の本質と、企業としての対応について深く掘り下げていきたいと思います。

ある日の相談室にて

秋の肌寒い朝でした。事務所の窓から差し込む柔らかな日差しが、机の上の書類を優しく照らしています。いつもなら静かなこの時間に、突然鳴り響いた電話。
受話器を取ると、聞き覚えのある声が聞こえてきました。
「先生、おはようございます。社会福祉法人Yの田中です。」

田中さんは、地元で介護施設を経営している40代の経営者です。いつも明るく前向きな彼の声が、この日は少し暗く聞こえました。
「どうかしましたか、田中さん?」
私が尋ねると、田中さんは少し言葉を詰まらせながら話し始めました。
「実は...うちの従業員の山田さんが、介護休業を取りたいって言ってきたんです。」
「はい、介護休業ですね。ご両親の具合でも悪くなられたのでしょうか?」
私が当たり前のように聞くと、田中さんの声がさらに沈みました。
「いいえ、違うんです。山田さんのお子さんが...不登校になってしまって。その子の面倒を見たいからだそうです。」

一瞬、私は言葉に詰まりました。確かに、介護休業というと多くの人は高齢の親族の世話を想像するでしょう。しかし、現代社会では「介護」の形も多様化しているのです。

「介護休業って、こういう場合にも使えるんですか?」
田中さんの声には戸惑いと不安が混ざっていました。彼の気持ちはよくわかります。介護施設を経営する立場として、従業員の働き方に理解を示したい。しかし同時に、事業運営への影響も考えなければならない。その板挟みの中で、正解を探そうとしているのでしょう。

「田中さん、その気持ち、よくわかります。」
私は深呼吸をして、言葉を選びながら話し始めました。
「実は最近、似たようなケースの相談が増えてきているんです。従来の介護休業のイメージとは違う形での利用について。山田さんのケースも、その一つかもしれません。」

「そうなんですか?」
田中さんの声に、少し安堵の色が混ざりました。
「ええ。でも、こういったケースは慎重に判断する必要があります。まずは、介護休業制度の本質について理解を深めることから始めましょう。そして、山田さんの状況をより詳しく知る必要がありますね。」
「はい、お願いします。」
田中さんの声に、少し力強さが戻ってきました。
この電話をきっかけに、私は改めて介護休業制度について深く考えることになりました。法律の条文だけでなく、その精神を理解し、現代社会の多様なニーズに応えていく。それが、私たち社会保険労務士の重要な役割なのだと、強く感じたのです。

介護休業制度の本質を探る

介護休業制度は、1995年に施行された「育児休業、介護休業等育児又は家族介護を行う労働者の福祉に関する法律」(育児・介護休業法)によって定められました。
この法律の目的は、「子の養育又は家族の介護を行う労働者の雇用の継続及び再就職の促進を図り、もってこれらの者の職業生活と家庭生活との両立に寄与することを通じて、これらの者の福祉の増進を図り、あわせて経済及び社会の発展に資すること」とされています。
つまり、介護休業制度の本質は、「要介護状態にある対象家族を介護する労働者の福祉に寄与すること」にあるのです。ここで重要なのは、「要介護状態」の定義です。

法律上、要介護状態とは「負傷、疾病または身体上もしくは精神上の障害により、2週間以上の期間にわたり常時介護を必要とする状態」とされています。
この定義には、年齢や具体的な症状についての言及がありません。つまり、介護の対象は必ずしも高齢者に限定されないのです。

この点について、もう少し掘り下げてみましょう。

介護休業制度が作られた背景には、日本社会の急速な高齢化があります。高齢化に伴い、仕事と介護の両立が社会的な課題となってきました。
しかし、制度の運用が進む中で、介護のニーズは高齢者に限らないことが明らかになってきました。

例えば、障害のある子どもの療育、難病を患った家族の看護、精神疾患を抱える家族のケアなど、従来の「介護」のイメージとは異なる場面でも、長期的かつ継続的なケアが必要となるケースが増えてきたのです。

このような社会の変化に対応するため、介護休業制度も徐々に拡充されてきました。
対象となる家族の範囲が広がり、分割取得が可能になるなど、より柔軟な制度へと進化してきています。

しかし、制度の進化と現実社会のニーズとの間にはまだギャップがあります。山田さんのケースのように、制度の適用に悩むケースも少なくありません。

ここで、介護休業制度に関するよくある質問をいくつかご紹介しましょう。これらの質問を通じて、制度の細部についての理解を深めていきたいと思います。

Q1: 介護休業の対象となる家族の範囲は?
A1: 配偶者(事実婚を含む)、父母、子、配偶者の父母、祖父母、兄弟姉妹、孫が対象です。ここで注目すべきは、「子」に年齢制限がないことです。つまり、山田さんのケースのように、成人していない子どもも対象となり得るのです。

Q2: 要介護状態かどうかの判断は誰が行うの?
A2: 基本的には労働者本人が判断します。ただし、事業主は客観的な証拠の提出を求めることができます。この「客観的な証拠」とは、必ずしも医師の診断書である必要はありません。介護の必要性を示す書類であれば、ケアマネージャーの意見書なども認められることがあります。

Q3: 介護休業の期間は?
A3: 対象家族1人につき、通算93日まで。3回を上限として分割して取得できます。
※この「分割取得」が可能になったのは比較的最近のことで、より柔軟な制度利用を促進するための改正でした。

これらの質問と回答を見ていくと、介護休業制度が決して硬直的なものではなく、様々なケースに対応できるよう設計されていることがわかります。しかし同時に、制度の適用には慎重な判断が必要であることも明らかです。
では、山田さんのケース、すなわち不登校の子どもの世話は、この介護休業制度の対象となり得るのでしょうか。この点について、さらに詳しく見ていきましょう。

山田さんのケース:不登校の子

山田さんのお子さんの不登校の事例は、介護休業制度の適用を考える上で、非常に興味深いケースです。一般的に、不登校自体は直接的に要介護状態とは言えません。
しかし、その背景にある状況によっては、介護休業の対象となる可能性があるのです。

ここで重要なのは、不登校の原因や子どもの状態を正確に把握することです。例えば、以下のようなケースが考えられます:

  • 重度の不安障害や抑うつ状態が不登校の原因であり、医師が常時の見守りや支援が必要と診断している場合。
  • 発達障害があり、それに起因する二次障害として不登校状態になっており、療育的な関わりが必要とされている場合。
  • いじめや学校でのトラウマ的な経験により、PTSD(心的外傷後ストレス障害)の症状が出ており、心理的なケアが必要な場合。

これらのケースでは、単に「学校に行きたくない」という以上の、医学的・心理的なケアの必要性があります。そして、そのケアには一定期間の継続的な関わりが必要となる可能性が高いのです。
ここで、もう一つ重要な質問を追加しましょう。

Q4: 不登校の子どもの場合、どのような状態なら介護休業の対象になる?
A4: 不登校の原因が精神的な問題や障害にあり、医師が2週間以上の常時介護が必要と診断した場合などが考えられます。ただし、単に「学校に行きたくない」という理由だけでは不十分で、医学的または心理的な観点からのケアの必要性が認められることが重要です。

このように、山田さんのケースを介護休業制度の対象とするかどうかは、子どもの状態や専門家の意見を慎重に検討する必要があります。単に「子どもと時間を過ごしたい」という理由だけでは、残念ながら介護休業の対象とはなりません。
しかし、ここで立ち止まって考えてみましょう。法律の条文に厳密に当てはまらないからといって、従業員の切実なニーズを無視していいのでしょうか。企業として、どのような対応が可能なのでしょうか。

この問いに答えるためには、介護休業制度の枠を超えて、より広い視点で考える必要があります。

介護休業の新しい形

実は、山田さんのようなケースは珍しくありません。現代社会では、「介護」の形も多様化しているように思えます。
例えば、

  • 発達障害のある子どもの療育のため
  • うつ病を患った配偶者のケアのため
  • 難病と診断された兄弟の看護のため

など、従来の「高齢者介護」のイメージとは異なる理由で介護休業を取得するケースが増えています。

企業としての対応

では、企業としてはどのように対応すべきでしょうか。

柔軟な姿勢:法律の趣旨を理解し、柔軟に対応することが重要です。
適切な判断:医療機関や専門家の診断を基に、要介護状態に該当するかを慎重に判断しましょう。
プライバシーへの配慮:介護の理由には個人的な事情が含まれることが多いため、プライバシーに十分配慮することが大切です。
職場環境の整備:介護休業を取得しやすい職場環境を整えることで、従業員の安心感と生産性向上につながります。
代替要員の確保:介護休業取得者の業務をカバーする体制を整えることで、スムーズな運営が可能になります。

Q5: 介護休業の申出を拒否することはできる?
A5: 法定の要件を満たしている場合、原則として拒否することはできません。ただし、事業の正常な運営を妨げる場合は、休業の時期変更を求めることができます。なお、育児・介護休業法には、介護休業開始日の繰上げ・繰下げ変更の定めがなく、労働者の申出だけでは当然には変更できません。 労働者と事業主でよく話し合って決めてください。 休業開始日の変更を認める場合は、変更できる旨の取決めやその手続等をあらかじめ就業規則等で明記しておくことが望ましいと考えられます。

Q6: 介護休業中の従業員の待遇は?
A6: 介護休業を理由に解雇や不利益な取り扱いをすることは禁止されています。休業後は原則として原職または原職相当職に復帰させる必要があります。

事例:IT企業での取り組み

ある IT 企業では、従来の介護休業制度を拡充し、「ファミリーケア休暇」という独自の制度を設けました。この制度では、法定の要件に加え、家族の精神的サポートが必要な場合にも利用可能としています。
例えば、不登校の子どもに対して、医師の診断書がなくても一定期間の休暇を認めるなど、柔軟な運用を行っています。
結果、従業員の満足度が向上し、優秀な人材の流出を防ぐことができました。さらに、この取り組みが評判を呼び、新たな人材の獲得にもつながったそうです。

Q7: 法定の介護休業以外の制度を設ける必要はある?
A7: 法定以上の制度を設けることは義務ではありませんが、従業員のニーズに合わせた独自の制度を設けることで、従業員の満足度向上や人材確保につながる可能性があります。

介護休暇制度について

介護休業制度と並んで重要なのが、介護休暇制度です。介護休暇は、要介護状態の家族の介護や世話を行うための短期の休暇です。

年5日(要介護状態の家族が2人以上の場合は年10日)
1日単位または時間単位で取得可能

Q8: 介護休暇と年次有給休暇の違いは?
A8: 介護休暇は介護目的に限定されますが、年次有給休暇は理由を問わず取得できます。また、介護休暇に対する賃金支払いの義務はありませんが、年次有給休暇は賃金が支払われます。

介護のための所定労働時間の短縮措置等

介護休業制度に加えて、事業主は以下のいずれかの措置を講じる必要があります。

  1. 所定労働時間の短縮制度
  2. フレックスタイム制度
  3. 始業・終業時刻の繰り上げ・繰り下げ
  4. 労働者が利用する介護サービス費用の助成その他これに準ずる制度

これらの措置は、介護休業とは別に、利用開始から3年の間で2回以上の利用が可能です。

Q9: 所定労働時間の短縮措置は具体的にどの程度行う必要がある?
A9: 法律上、具体的な時間数の定めはありませんが、1日の労働時間を短縮することで介護を行いやすくすることが目的です。一般的には、1日1~2時間程度の短縮が多いようです。

介護休業制度の未来

介護休業制度は、単なる法令遵守の問題ではありません。従業員の多様なニーズに応え、働きやすい環境を整えることは、企業の競争力向上にもつながります。
今後、さらに多様化する社会において、介護休業制度はより柔軟で包括的なものになっていくでしょう。例えば、以下のような変化が予想されます:

対象範囲の拡大: 現在の制度では対象とならない遠い親族や、事実上の家族などにも適用される可能性があります。
柔軟な取得形態: 完全休業だけでなく、より細かな時間単位での取得や、テレワークとの組み合わせなど、多様な働き方に対応した制度への進化が考えられます。
介護と仕事の両立支援: 単に休業を認めるだけでなく、介護と仕事を両立させるためのより包括的な支援制度が求められるでしょう。
心理的ケアの重視: 家族の精神的問題に対するケアなど、目に見えない介護ニーズにも対応できる制度への発展が期待されます。

企業には、こうした変化に敏感に対応し、従業員と共に成長していく姿勢が求められます。

当事務所の見解

介護休業制度は、確かに法律で定められたものですが、その本質は「人を思いやる心」にあると考えています。法律の条文だけでなく、その精神を理解し、個々のケースに柔軟に対応することが重要です。同時に、制度の濫用を防ぐための適切な判断も必要です。

当事務所では、こうした難しいバランスを取るお手伝いをさせていただきます。介護休業に関する相談はもちろん、働きやすい職場づくりのためのアドバイスも行っています。
また、介護休業制度を含む働き方改革は、単なるコスト増ではなく、長期的な企業価値向上につながると確信しています。従業員が安心して働ける環境は、生産性向上や人材確保にもつながります。
さらに、介護休業制度の柔軟な運用は、SDGs(持続可能な開発目標)の「すべての人に健康と福祉を」「働きがいも経済成長も」といった目標にも合致します。
つまり、社会的責任を果たしつつ、企業価値を高める取り組みといえるでしょう。

介護休業は、決して「誰か特定の人のため」のものではありません。従業員、企業、そして社会全体のためのものなのです。
この制度を通じて、より良い職場、より良い社会を一緒に作っていけたらと思います。

最後に、介護休業制度の運用におけるポイントをまとめておきます:

1.制度の周知: 従業員全員に制度の内容を十分に周知することが重要です。
2.相談窓口の設置: 従業員が気軽に相談できる窓口を設けましょう。
3.柔軟な対応: 個々のケースに応じて、柔軟に対応することが大切です。
4.環境整備: 介護休業を取得しやすい職場環境を整えましょう。
5.制度の見直し: 社会の変化や従業員のニーズに合わせて、定期的に制度を見直すことをお勧めします。

皆様の職場での介護休業制度の運用でお悩みの点がございましたら、どうぞお気軽にご相談ください。当事務所が、あなたの企業と従業員の架け橋となります。共に、より良い職場環境づくりを目指しましょう。

【参考リンク】厚生労働省 介護休業について
【参考リンク】厚生労働省 介護休業に関して―よくあるお問い合わせ(事業主の方へ)

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