最低賃金50円引き上げの影響と企業が取るべき賃金圧縮防止策
以前のコラムでもご案内しましたが、2024年(令和6年)10月からの最低賃金は、全国平均で時給1,054円に引き上げられる見込みです。これは、厚生労働省の中央最低賃金審議会が2024年7月24日に決定したもので、過去最大の50円の引き上げとなります。
この引き上げは、各地方最低賃金審議会で審議され、各都道府県労働局長が2024年の地域別最低金額を決定することになります。
024年8月には全ての都道府県で地域別最低賃金の答申がなされると予想されており、東京都の最低賃金について、東京労働局の審議会は50円引き上げて時給1163円とする答申を行いました。引き上げ額は過去最大で、ことし10月から適用される見通しです。
この動きは労働者の生活向上を目指した重要な政策ですが、特に中小企業や介護・福祉事業所にとっては新たな課題をもたらします。賃金コストの増加や、従業員間の賃金格差の圧縮、さらには長年勤続している中堅パート社員と新人パート社員の賃金が同水準になるリスクが考えられます。
本記事では、このような賃金圧縮のリスクを含め、最低賃金引き上げに企業がどのように対応すべきかを考察します。企業の成長を維持しつつ、従業員のモチベーションを高めるための具体的な解決策を提案します。
最低賃金の算出方法について
最低賃金の計算は、賃金の支払い形態によって異なります。たとえば、時間給の場合はそのまま時間額と比較し、日給の場合は「日給÷1日の所定労働時間」により時間額を算出します。同様に、月給制の場合は「月給÷1か月の所定労働時間」により時間額を算出します。また、最低賃金には基本給に加え、固定的な手当が含まれますが、通勤手当、家族手当、賞与などは除外されます。
(参考:「最低賃金の計算方法」厚生労働省)
処遇改善加算は最低賃金に含まれるのか?
介護・福祉業界では、処遇改善加算が賃金に加算されることが一般的ですが、これは最低賃金の算定基礎には含まれるのでしょうか?
この件に関しては、これまでも厚生労働省老健局の事務連絡でQ&Aとして通知されており、令和6年3月15日の同局の事務連絡「介護職員等処遇改善加算等に関するQ&A(第1版)」にも、
新加算等の加算額が、臨時に支払われる賃金や賞与等として支払われておらず、予定し得る通常の賃金として、毎月労働者に支払われているような場合には、当該加算額を最低賃金額と比較する賃金に含めることとなるが、新加算等の目的等を踏まえ、最低賃金を満たした上で、賃金の引上げを行っていただくことが望ましい。
とされています。
「介護職員等処遇改善加算等に 関するQ&A(第1版)」 の送付について」
賃金圧縮によるリスク
最低賃金が上昇すると、既存の賃金体系において新人パート社員の時給が、長年勤めている中堅パート社員と同一水準に達してしまうことがあります。この「賃金圧縮」は、中堅パート社員の不満を招き、結果的に彼らのモチベーション低下や離職につながる可能性があります。特に介護や福祉の現場では、経験豊富なスタッフが重要な役割を果たしているため、この問題は企業にとって深刻です。
賃金圧縮への対応策
賃金圧縮を防ぎ、従業員間の公平性を保つためには、いくつかの対策が必要です。以下、具体的な方法を紹介します。
1. 業務改善助成金の活用
賃金圧縮を防ぐための一つの方法として、業務改善助成金の活用が考えられます。この助成金は、企業が最低賃金の引き上げに伴い、設備投資や業務プロセスの改善を行う際に支給されます。特に、ITシステムや自動化設備の導入を通じて業務の効率化を図ることで、生産性を向上させ、増加する賃金コストを吸収できます。
このような助成金を活用することで、賃金コストの増加を抑えつつ、従業員の賃金を段階的に調整することが可能となり、賃金圧縮のリスクを軽減できます。
(参考:「雇用・労働業務改善助成金」厚生労働省/ リーフレット:令和6年度 業務改善助成金の一部変更のお知らせ)
2. 生産性向上を基盤とした賃金調整
賃金圧縮を防ぐためには、企業の生産性向上が不可欠です。従業員の生産性が向上すれば、賃金コストの増加を吸収し、賃金調整を容易に行うことができます。生産性向上には、業務の効率化やデジタルツールの導入が重要です。
例えば、介護・福祉事業所においては、業務のIT化を進めることで、従業員一人当たりの業務負担を軽減し、業務の効率を最大化することができます。これにより、少人数のスタッフでも質の高いケアが提供でき、賃金引き上げの影響を緩和することが可能です。
(参考:「労働市場の変化と賃上げに向けた課題」内閣府 )
3. 段階的な賃金調整の実施
急激な賃金圧縮を防ぐためには、段階的な賃金調整を行うことが有効です。最低賃金が引き上げられるたびに、企業は全従業員の賃金を見直し、勤続年数やスキルに応じた段階的な昇給を導入することで、従業員間の不公平感を減らすことができます。
例えば、毎年最低賃金が引き上げられることを見越して、事前に昇給ルールを策定し、勤続年数やスキルに応じて従業員が公平に昇給する仕組みを整備します。このように、賃金引き上げがもたらす不公平感を軽減し、従業員のモチベーションを維持することが可能となります。
まとめ
賃金圧縮は企業成長の契機
最低賃金引き上げによる賃金圧縮の問題は、多くの企業にとって避けがたい課題であり、特に労働力の多様化が進む介護・福祉事業所や中小企業にとっては深刻な影響を及ぼします。しかし、この問題を単なるコスト増加の側面として捉えるのではなく、企業の成長と変革を促す契機として捉えることが重要です。最低賃金の引き上げは、企業にとって、従業員の価値を再評価し、組織全体の運営体制を見直す好機であり、ここにこそ持続的な成長の可能性が潜んでいます。
賃金圧縮の影響とその対策
まず、賃金圧縮の問題は、単に賃金制度の見直しにとどまらず、企業文化や従業員のキャリアパスの設計にも影響を与えるテーマです。多くの企業では、従業員の賃金が「年功序列」や「固定的なスキル評価」に依存していますが、これが最低賃金の引き上げによって崩れたとき、企業は新たな基準を導入する必要に迫られます。例えば、従業員がどのように成長し、どのようなスキルを獲得すれば昇給するのかを明確にすることで、彼らにとっての将来像を示し、モチベーションを維持することができます。
公平性の維持とキャリアアップの機会
さらに、賃金圧縮の問題は、従業員間の公平性に関わる問題であり、ここで企業は「公平さ」と「納得感」をどのように提供するかが問われます。最低賃金の引き上げにより、新人パート社員と中堅パート社員の賃金差が縮まった場合、企業はその差を賃金以外の形で埋める方法を模索する必要があります。例えば、中堅パート社員にはキャリアアップの機会や、より高度な研修プログラムへの参加を提供することで、彼らのスキルをさらに高め、企業内での役割を進化させることができます。このようにして、賃金が追いつかれるという現象を「新たな成長の機会」として捉えることができるのです。
生産性向上と競争力の強化
なかなか割り切って考えられるものではないでしょうが、業務改善や生産性向上を通じて、従業員一人一人の生産性を最大化することで、企業は賃金引き上げによるコスト増を吸収するだけでなく、企業全体の競争力を強化するチャンスを得ることができます。生産性向上を実現するためには、単に業務の効率化だけでなく、組織全体の働き方を再考し、柔軟な労働環境を整備することが不可欠です。これにより、従業員が自らの役割に価値を見出し、積極的に組織の目標に貢献する意識が育まれます。
働き甲斐のある職場の創造
このような取り組みは、結果的に「働き甲斐のある職場」の創造にもつながります。従業員が自己成長と昇進の機会を得られる環境は、単なる賃金以上の価値を提供します。特に介護や福祉の現場では、従業員のやりがいがそのままサービスの質に反映されます。したがって、最低賃金引き上げを企業の成長のきっかけと捉え、長期的な視点で従業員の育成と組織の成長を図ることが必要です。
最低賃金引き上げを契機とする企業の変革
賃金の問題は、表面的には「お金」の問題に見えますが、その根底には、従業員との信頼関係、組織文化、そして企業が目指すべき未来が関わっています。最低賃金引き上げを契機に、企業はこれらの要素を再考し、長期的な競争力を確保するための戦略を立てる必要があります。当事務所では、こうした賃金制度の再設計や企業の成長戦略に関するコンサルティングを提供し、企業がこの変革の時代をチャンスに変えるためのサポートを行っています。
企業の未来を共に歩むパートナーとして
最低賃金の引き上げは、単なるコスト増加の問題ではなく、企業が自身の在り方や従業員との関係を見直す機会となります。この変化にどう向き合うかが、今後の企業の方向性を決める鍵となるでしょう。従業員の価値を改めて考え、共に前進する姿勢が、組織全体の強さにつながります。当事務所では、労務相談顧問の顧問先の企業様に対して、この変化を共に乗り越えるお手伝いをし、企業の未来を支えていきたいと思っています。
また、現在、45分間の無料オンライン相談も承っております。最低賃金引き上げへの対応についてお困りの事業所様は、この機会に是非ともこのサービスをご利用ください。