台風時の出勤リスクと企業の安全配慮義務|対応策と法的留意点

東京では今、台風17号が直撃しつつあり、猛烈な風と雨が街を襲っています。交通機関は次々と運休し、今後、街全体が混乱していくことが予想されます。

しかし、多くの企業は業務を継続させ、特に介護施設や医療機関など、重要なインフラを支える現場では、従業員たちが懸命に職務を果たしています。こんな中でも
「台風なんかに負けていられない」
という声が聞こえてくるのは、日本独特の美徳でしょうか。
しかし、従業員を危険な目に遭わせてまで「仕事第一」を掲げることは本当に賢明なのでしょうか?

自然災害が頻発する昨今、企業のリーダーとして求められるのは、ただ業務を続けるだけではなく、従業員の安全を最優先に考える姿勢です。台風のような予測可能な災害に直面したとき、どのようなリスクが生じるのか、企業として何ができるのかを深く考察し、適切な対応を取ることが求められています。

自然災害時における安全配慮義務

台風や地震などの自然災害が発生した際、企業は従業員の安全を確保するための「安全配慮義務」を負っています
労働契約法第5条に基づくこの義務は、通常の業務遂行だけでなく、自然災害のような予期せぬリスクに対しても適用されます。特に、事前に災害が予測できる場合には、企業は従業員の安全を確保するために必要な措置を講じる責任があります。

「従業員の安全よりも仕事が優先だ」という考え方を持つ経営者もいるかもしれませんが、その結果として、従業員が命の危険にさらされるような事態になれば、企業は重大な責任を問われることになるでしょう

台風が予測されている中で出勤を命じ、事故が起きれば、ただの「社畜文化の延長線上」という言葉では片付けられない問題に発展する可能性があるのです。

台風時に出勤させる経営判断のリスク

例えば、介護施設や医療機関の経営者の中には、「業務を止めるわけにはいかない」という強い信念を持っている方もいらっしゃるでしょう。もちろん、その考えも理解できます。しかし、従業員の安全を犠牲にしてまで業務を継続させる判断が、本当に長期的な企業の発展に寄与するのでしょうか?

台風が接近しているにもかかわらず、何の配慮もせずに従業員を出勤させることは、まさに「見えるものしか信じない」経営の典型例かもしれません。
風速が50メートルを超えるような日でも、オフィスの窓の外を見て「うちの社員ならなんとかなる」とでも思っているのでしょうか。

しかし、そんな考えの経営者は、今後のビジネスにおいて大きな代償を払うことになるかもしれません。

企業の備えとリーダーシップ

企業が自然災害にどのように対応するかは、そのリーダーシップが試される瞬間でもあります。災害発生時には、迅速かつ的確な意思決定が求められますが、その判断が企業の未来を左右することも少なくありません。

例えば、台風が接近する状況下で、出勤を強制するか、在宅勤務や自宅待機を指示するかの選択は、従業員の安全を守るための最も重要な決断です。

優れたリーダーシップとは、単に「事業を守ること」ではなく、「人を守ること」です。
介護施設や医療機関のような不可欠なインフラを支える企業であっても、従業員の命を守るために必要な体制を整えることは最優先事項と言っても過言ではないと思います。シフトの調整や事前の避難計画、そしてリモートワークの可能性を検討することが、未来の災害リスクを軽減するための重要な一歩です。

休業手当の支払い判断基準:企業が負うべき責任とその限界

自然災害が原因で業務が停止した場合、企業は休業手当の支払いについて判断を迫られます。特に、台風のような災害は、従業員の出勤が不可能になり、業務が停止することが避けられないため、休業手当の支払い義務が発生するかどうかが問題となります。

労働基準法第26条では、「使用者の責に帰すべき事由」により休業が生じた場合、企業は平均賃金の60%以上の休業手当を支払う義務を負います。ここでの焦点は、「使用者の責に帰すべき事由」に該当するかどうかです。

なお、より詳しく「休業手当」について知りたい方は当ホームページQ&A-「休業手当」とはどのようなものか?「休業手当」の発生要件とは?」の項目をご一読ください。

不可抗力と企業の責任

台風や地震などの自然災害は、通常、企業の責任とは無関係である「不可抗力」と見なされるため、企業は休業手当の支払い義務を免れる場合があります。例えば、台風による交通機関の麻痺で従業員が出勤できなかったり、企業の施設が被害を受けて業務が停止した場合、これらは「使用者の責に帰すべき事由」には該当しないと判断される可能性が高いです。

しかし、企業が不可抗力であると主張するためには、事前に合理的な対策を講じていたことが重要です。台風の予報が数日前から明らかであったにもかかわらず、従業員に対して在宅勤務や自宅待機などの選択肢を与えず、出勤を強制した場合には、企業の判断が適切でなかったと判断されるでしょう。

判断基準:予見可能性と回避可能性

労働法における重要な判断基準として、「予見可能性」「回避可能性」があります。台風などの自然災害は、事前に予測可能であり、企業がそのリスクを認識し、事前に適切な措置を講じる義務があります。予測可能な台風による影響が明確であった場合には、企業は業務の継続を再考し、従業員の安全を最優先に考慮する必要があります。

また、企業はリスクを回避するためにできる限りの措置を講じるべきです。たとえば、出勤を強制せず、リモートワークや休業を指示することで、従業員の安全を確保しつつ、企業としての責任を果たすことが求められます。回避可能なリスクを無視して業務を強行した結果、従業員に損害が生じた場合、企業は重大な法的責任を負う可能性が高まります。

休業手当の支払い義務と経営判断のバランス

自然災害が発生した場合でも、企業は従業員に対して誠実な対応を取ることが、長期的な信頼関係の維持に繋がります。
法律上、不可抗力である自然災害が原因であれば、休業手当の支払い義務は免除される可能性がありますが、従業員の生活に直結する問題であるため、単に法律に則るだけでなく、経営者としての倫理的判断が求められます。

また、経済的な負担を理由に、従業員に不利益を強いることは、労働者の士気や企業の信頼を失う結果に繋がる恐れがあります。そのため、事前のリスク管理体制を整え、従業員に対して十分な説明とサポートを提供することが、企業の成長を支える重要な要素となるでしょう。

社会福祉法人におけるBCP発動基準とその重要性

台風が発生した際、特に介護施設や福祉施設を運営する社会福祉法人では、業務の継続と利用者の安全確保も重要な課題となります。
厚生労働省は、BCP(業務継続計画)の策定を強く推奨しており、自然災害時の対応を強化することが求められています。
しかし、日常業務に忙殺されるあまり、「計画を立てる時間がない」と思いがちな経営者もいるかもしれません。しかし、そうした準備不足が、いざ災害が発生した際にどれほど大きな代償をもたらすかは想像に難くないでしょう。

社会福祉法人におけるBCP発動の判断基準としては、台風の規模や気象警報、近隣河川の水位上昇などを基にすることが一般的です。例えば、警戒レベル2の段階で施設の警戒態勢を開始し、警戒レベル3以上でサービス停止や利用者の避難対応を検討することが挙げられます。

さらに、BCPを策定していない施設は、災害時に利用者や職員の安全が確保できないリスクだけでなく、報酬減算のリスクも抱えることになります。「多少の危険はつきもの」という経営スタイルが好ましい方もいるかもしれませんが、台風時に出勤を強いる判断が報酬減算や企業評判の悪化を招くリスクがあることを、ぜひ再考していただきたいところです。

BCPの発動基準を設定する際には、施設の立地、利用者の状態、職員の参集可能性、ライフラインの遮断リスクなどを総合的に考慮することが不可欠です。
社会福祉法人では、災害時に迅速に対応できるよう、リスク管理を強化し、BCPを事前に策定しておくことが求められます。出勤させることを「当たり前」と考える前に、まずは事前に策定された計画を実行に移すことが、利用者と職員の安全を守る上で最も重要です。

【福祉事業所等のBCPに関する参考資料等】
1. 厚生労働省「介護施設・事業所における自然災害発生時の業務継続ガイドライン」
内容: 自然災害が発生した際の介護施設や事業所におけるBCPの策定や対応についてのガイドラインが記載されています。施設の特性や立地に応じたBCPの策定の重要性が述べられています。

2. 厚生労働省「福祉施設・介護施設の災害時対応に関するガイドライン」
内容: 介護施設等のBCP策定や災害時の対応に関するガイドライン。過去の災害事例を踏まえた対応策や、施設における事前準備についての具体的な指針が含まれています。

3. 東京都福祉保健局「福祉施設のための災害対応マニュアル」
内容: 災害対応の実際の手引きであり、東京都福祉保健局が福祉施設に向けて提供するものです。BCP策定に役立つ内容が含まれています。

災害時の判断が企業の評判を左右する

台風の中でも仕事を続けさせる経営者は、短期的には「業務を止めない」という一見成功したように見える判断をしているかもしれません。

しかし、従業員が災害によって大きな被害を受けた場合、その決定が後々企業に大きな傷を残す可能性があります。特に、現代では企業の評判がSNSなどを通じて瞬時に広まります。ある日突然、企業の名声が地に落ちることも考えられるのです。

また、こうしたリスクを回避するためには、就業規則や安全衛生管理規程といった社内規程に、明確に「自然災害時の対応策」や「休業の判断基準」を記載することが重要です。企業ルールとして従業員に周知徹底することで、自然災害時における混乱を最小限に抑え、従業員との信頼関係を維持できます。

災害発生時に備えた対応策を明文化しておくことで、経営者自身の意思決定が遅れたり、従業員に不公平な負担がかかることを防ぐことができます。

「従業員を守るためにどんな手を打ったか?」という問いに対して、具体的な答えが出せない企業は、今後の災害時に厳しい目で見られるでしょう。就業規則などを整備し、事前に企業としての対応方針を示しておくことは、単にリスク回避の手段であるだけでなく、従業員が安心して働ける環境を提供するためにも不可欠です。企業のリーダーとして、災害時の判断が長期的な成功にどう影響するかを見極める必要があります。

 

まとめ

当事務所では、自然災害時における企業のリスク管理について深く考えることを強く推奨しています。
災害リスクは常に予測が難しい場合もありますが、少なくとも台風のように事前に予測可能な災害に対しては、企業は責任を持って備えを整えるべきです。
安全配慮を怠り、従業員を危険な状況に追い込むような経営は、一時的には利益を守るかもしれませんが、長期的には大きな代償を払うことになるでしょう。

特に、介護施設や医療機関などの業務を継続させ続けなければならない現場においては、従業員の安全を確保するための対策が非常に重要です。
業務を継続するための体制を整えると同時に、従業員が安心して働ける環境を提供することが、企業の成長につながると考えています。

当事務所では、自然災害時における労務管理やリスク対策についてのご相談を「労務相談顧問」として受け付けております。企業が従業員との間で適切なコミュニケーションを図り、災害時にも対応できる体制を整えるためのサポートを行っています。

企業のリーダーシップが問われるこの時代に、当社会保険労務士事務所でも、共に企業の未来を支えていけることを願っています。ぜひ、お気軽にご相談ください。

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